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はおすすめサイト、
は相互リンクサイトです。 この色の文は管理人のコメントです。| ■ 今熊野観音寺 - 西国三十三所の第15番札所
更新日:2005/10/31(Mon) 11:04 [修正・削除] [管理者に通知] |
| 弘法大師が、十一面観音像を祀ったのが始まりとされる。西国三十三所第15番札所となっており、毎月9日には四国八十八ヶ所霊場のお砂踏み法要が営まれる場所。厄除け開運の寺としても知られており、と くに頭痛、病気封じ、智恵授かりの御利益がある。ぼけ封じ霊場でもあり、祈祷後には身代わりの石仏をぼけ封じ観音の台座近くに奉納する。 |
| ■ 京都霊山護国神社 - 維新の志士が眠る荘厳な神社
更新日:2005/10/31(Mon) 10:54 [修正・削除] [管理者に通知] |
| 明治元年に創建された神社。坂本竜馬、中岡慎太郎、木戸孝允ら、明治維新の功労者の墓があることで名高く、一帯は明治維新史跡公園になっている。授与品に は、「龍馬鉛筆」などがあり、御利益は学業成就。第2次世界大戦の戦没者のうち、京都出身の7万余柱を祀っており、厳かな雰囲気が漂っている。境内にある霊山歴史資料館には勤王の 志士や新撰組の資料を展示。 |
| ■ 養源院 - 父浅井長政の菩提を弔うため淀君が創建
更新日:2005/10/31(Mon) 10:50 [修正・削除] [管理者に通知] |
| 豊臣秀吉の側室・淀君が、父・浅井長政の菩提を弔うため創建。焼失後、1621(元和7)年、淀君の妹で、徳川秀忠の夫人でもある崇源院が、伏見城の遺構 を移し再建した。伏見城で秀吉が信仰していた大聖歓喜天はこの寺に引き継がれ、徳川家歴代将軍も保護。徳川家の位牌所、皇室の祈願所ともなった。本堂には 俵屋宗達の襖絵(重文)など桃山時代の名作、廊下の天井には伏見城落城の際に自刃した武将らの血痕が残る「血天井」も見られる。 |
| ■ 新熊野神社 - 後白河上皇お手植えの大楠が目印
更新日:2005/10/31(Mon) 10:47 [修正・削除] [管理者に通知] |
| 熊野神社、熊野若王子神社とともに、京都三熊野のひとつに数えられる社。境内にある大クスノキは、後白河上皇お手植えと伝えられる巨木。上皇は、紀州から 土砂と材木を運ばせ、熊野になぞらえて新宮、つまりは新熊野(いまくまの)神社を創建した。その際に植えられたのが、この大クスノキだという。地元では健 康長寿、病魔退散、お腹の神様として信仰を集めている。祈念しながら木をさすれば、諸願成就とか。 |
| ■ 八坂庚申堂 - 三猿も有名な日本三庚申のひとつ
更新日:2005/10/31(Mon) 10:43 [修正・削除] [管理者に通知] |
| 八坂の塔をやや下ったところにある天台宗の寺院。日本三庚申のひとつで、見猿、言わ猿、聞か猿の三猿を安置する。本尊は、飛鳥時代に秦氏の念持仏であった 青面金剛で、これを民衆に公開したのが起源。庚申前夜に出る三尺の虫をも喰うとされる青面金剛が庚申信仰と結びつき、本来は仏ながらも庚申堂に祀られるよ うになった。またコンニャク封じの寺としても有名で、縁日にはコンニャク焚きも行なわれる。御利益は腰痛、神経痛など。 |
| ■ 壬生寺 - 非業の死を遂げた新撰組隊士が眠る
更新日:2005/10/31(Mon) 10:41 [修正・削除] [管理者に通知] |
| 991(正暦2)年創建の律宗の古刹。京都三大狂言のひとつ、壬生狂言はここの「融通大念仏 会」が起源とも。また壬生(みぶ)は、新撰組の屯所(とんしょ)が置かれた場所。境内の壬生塚には、 新撰組局長・近藤勇の胸像、新撰組の顕彰碑、初代局長だが同士討ちされた芹澤鴨ら隊士の墓が残る。新撰組グッズも授与。 |
| ■ 錦天満宮 - 文学と商売に御利益ありの錦小路の神様
更新日:2005/10/31(Mon) 10:36 [修正・削除] [管理者に通知] |
| 錦市場の終点で、新京極通との交差点にあたるのが、錦天満宮。1587(天正15)年に豊臣秀吉により現在地に移された後、こう呼ばれるようになったとか。祭神は、天神様の菅原道真公で、学問と商売繁盛に御利益がある。授与品には、ふくろうや牛などをかたどった木製キーホルダーのお守りなどがあり、親しまれている。また境内には、京都の名水にも選ばれたという湧き水も。 |
| ■ 本能寺 - 信長の供養塔が残る歴史の舞台
更新日:2005/10/31(Mon) 10:33 [修正・削除] [管理者に通知] |
| 1582(天正10)年6月、明智光秀が主君である織田信長を裏切り、信長が自刃した「本能寺の変」で広く知られる、法華宗本門流の本山。本能寺の変が起こった際、寺は四条坊門西洞院にあったという。この後、豊臣秀吉により現在地に移転。境内には織田信長らの供養塔がある。また大寶殿では、藤原行成の書など、国宝や重要文化財などの寺宝を公開する。 |
| ■ 勝持寺 - 京都盆地を一望する桜の名所
更新日:2005/10/31(Mon) 10:28 [修正・削除] [管理者に通知] |
| 京都盆地を一望する高台に建つ天台宗の古刹。平安末期の遍歴の歌人・西行法 師ゆかりの寺で、隠居所の西行庵、鐘楼そばには西行が植えたとされる「西行桜」が残る。今では約400本の桜が咲き誇り、別名「花の寺」とも。本堂、仁王 門、不動堂があり、本尊の薬師如来と不動明王は、諸病平癒・安産に御利益。宝物館では国宝、重要文化財などが見学可能だ。 |
| ■ 大原野神社 - お妃の華麗な参詣は『源氏物語』にも登場
更新日:2005/10/31(Mon) 10:25 [修正・削除] [管理者に通知] |
| 784(延暦3)年長岡京遷都にあたり、桓武天皇の皇后が奈良春日大社を勧請したのが起源。850(嘉祥3)年には現在地に移転し社殿を造営、壮麗な春日 造の本殿、鯉沢池などが造られた。今でも妃などを多数輩出した藤原氏出身の姫らにあ やかり、良縁祈願に訪れる人が数多い。またツツジ、カキツバタや睡蓮など、四季折々の花も美しい社域は『竹取物語』ゆかりの地とも。 |