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は相互リンクサイトです。 この色の文は管理人のコメントです。| ■ 随心院 - 竹林、苔庭も美しい小野小町ゆかりの寺
更新日:2005/10/30(Sun) 13:28 [修正・削除] [管理者に通知] |
| 真言宗善通寺派の寺で、本尊は如意輪観音。平安時代に仁海が建立した曼荼羅寺の塔頭が起源といわれ、天皇の祈願所として発展した。また一帯は『和名抄』の 小野郷にあたり、古来小野と呼ばれていた場所。仁明天皇の側に仕えた悲恋の美女・小野小町が、天皇崩御後に晩年を過ごした屋敷跡との話も伝わる。小町が朝 夕の化粧を施したという伝説の井戸、恋文を埋めたという文塚など、小町ゆかりの史跡が残る。国の史跡。 |
| ■ 鷺森神社 - 森に囲まれた古社
更新日:2005/10/30(Sun) 13:25 [修正・削除] [管理者に通知] |
| 曼珠(まんしゅ)院近くにあり、創建は9世紀とも伝えられる古社。もとは修学院離宮の地にあったもの。近在の産土神(うぶすながみ)として信仰を集めている。社殿は昭和になってから再建されたものだが、見事な寝殿造り。秋の紅葉も美しい場所だ。また神官手描きの絵馬には、開運の白鷺が描かれている。 |
| ■ 赤山禅院 - 京都北東の鬼門を守護
更新日:2005/10/30(Sun) 13:20 [修正・削除] [管理者に通知] |
| 修学院離宮にほど近い天台宗の寺で、延暦寺の別院。本尊は陰陽道の祖である泰山府君(たいざんふくん)で、天台守護神の「赤山明神」。寺でありながら明神 を祀るのは、奈良時代以降に始まった神仏習合の名残とか。京都の北東、表鬼門に位置するため、方除け、厄除けの神として信仰を集める。 |
| ■ 熊野若王子神社 - 哲学の道南端に建つ京都三熊野のひとつ
更新日:2005/10/30(Sun) 13:16 [修正・削除] [管理者に通知] |
| 疎水分流沿い、哲学の道の起点となる位置に建ち、桜の季節や秋の紅葉も見事な社。1160(永暦1)年、後白河法皇が熊野権現を勧請したのが起源で、熊野 神社、新熊野神社とともに、京都三熊野のひとつに数えられる。拝殿で開運を祈願した後は、オリジナルの御利益グッズを。 |
| ■ 法然院 - 椿の名所でもある法然ゆかりの山寺
更新日:2005/10/30(Sun) 13:14 [修正・削除] [管理者に通知] |
| 哲学の道近くにある法然上人ゆかりの寺。1206(元久3)年、浄土宗の開祖・法然が、弟子の住蓮、安楽とともに開いた念仏道場の旧跡と伝えられている。 カエデの参道、茅葺きの山門が山寺の雰囲気を漂わせ、境内は静寂そのもの。本堂、書院、鐘楼、池泉、砂盛を有し、狩野光信による方丈の襖絵は、重要文化 財。堂内は通常非公開だが、春秋の2回、特別拝観を実施。 |
| ■ 詩仙堂 - 詩仙の間と唐様の庭園が見事
更新日:2005/10/30(Sun) 13:11 [修正・削除] [管理者に通知] |
| 江戸初期の文人・石川丈山が、1641(寛永18)年に建立、31年間隠棲した草庵跡。見ものは名の由 来となる詩仙の間。狩野探幽による中国の三十六詩仙の肖像に、丈山が各詩人の詩を墨書したものが、四方の壁に飾られている。建物前には、丈山好みの唐様庭 園があり見事。白砂にサツキなどが配された庭園には、しし脅しの音が響く。 |
| ■ 狸谷山不動院 - 坂道を登ると小さな清水の舞台が!
更新日:2005/10/29(Sat) 00:05 [修正・削除] [管理者に通知] |
| 平安京の鬼門にあたるため、桓武天皇が不動明王を安置したことに始まる真言宗の単立寺院。現在は芸事の上達や交通安全祈願の寺として親しまれる。参道の勾 配が急で、長い階段坂を20分ほど登らねばならないが、本堂は小さな清水の舞台といった趣があり、みごな眺望が得られる。光にかざすと梵語(サンスクリッ ト語)が浮かび上がるという、不思議な仕掛けがある授与品がある。本殿近くには、宮本武蔵が不動心を会得したという武蔵の滝も。 |
| ■ 圓光寺 - 徳川家康が作らせた木版活字が残る
更新日:2005/10/28(Fri) 23:59 [修正・削除] [管理者に通知] |
| 1601(慶長6)年、徳川家康の命により伏見に作られた学問所が起源。当時「圓光寺版」と呼ばれる書物も出版さ れ、出版文化に寄与。現存するものでは日本最古で、重要文化財の木版活字も見学可能だ。また禅僧の修行の過程を牛(石)になぞらえたという、書院前の「十 牛の庭」も見事。北洛エリア最古といわれる栖龍池や水琴窟もある。紅葉の名所としても知られ、この時期夜間ライトアップも実施。 |
| ■ 金福寺 - ツツジの季節は最高に美しい禅刹
更新日:2005/10/28(Fri) 23:54 [修正・削除] [管理者に通知] |
| 864(貞観6)年、安慧が創建後、江戸中期に鉄舟和尚が再興した寺。俳人、松尾芭蕉と交流のあった和尚が、境内に芭蕉庵を建立した。その後草庵は荒廃し たが、俳人で画家の与謝蕪村が再興、背後の山には蕪村ら俳人の墓や句碑が点在する。境内にはたか(妙寿尼)が創建したお堂も残る。 |
| ■ 光縁寺 - 新撰組隊士27人の墓所がある
更新日:2005/10/28(Fri) 23:51 [修正・削除] [管理者に通知] |
| 四条大宮にほど近い浄土宗の寺。かつて新撰組が壬生(みぶ)に屯所(とんしょ)を構えていた頃、この寺の門前に新撰組の馬小屋があり、隊士らは頻繁に往来 していたという。のちに近藤勇らと対立して切腹させられた、新撰組副長山南敬介が、当時の住職・良誉と親交があったことから、境内の墓所には新撰組隊士 27名が眠る。本堂には、非業の死を遂げここに埋葬された隊士らの位牌が安置され、新撰組に関する書物の揃った書庫の閲覧も可能。 |