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長刀鉾(なぎな
たぼこ)
(四条通烏丸東入ル)
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元は三条小鍛冶宗近作の長刀をかざしたといわれている、くじ取ら
ずの鉾で、毎年巡行の先頭を行く。稚
児が乗るのは、今ではこの鉾だけ。
八坂神社で五位十万石の位を授けられた稚児が巡行当日、見せ場のひとつ"しめ縄切り"を行う。
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蟷螂山(とうろうやま)
(西洞院通四条上ル)
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蟷螂山は通称、かまきり山という。山の創期は南北朝時代であり、
御所車の屋根に蟷螂(かまきり)が乗
り絡繰(からくり)仕掛で羽根と首・車が動くことで有名、昭和56年、110余年ぶりに祭の巡行に参加。
前掛・胴掛・見送は共に人間国宝の羽田登喜男氏制作の友禅染、又平成11年、水引(4面)「吉祥橘蟷螂図」を寄贈された。
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孟宗山(もうそうやま)
(烏丸通四条上ル)
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呉の国の孟宗が、寒中に筍を欲しがる病母の願いをきき、雪の竹藪
で筍を掘り当てたという中国24孝の
史話から題材を得ている。
見送には、昭和15年以来竹内栖鳳(たけうちせいほう)筆の白地墨画叢竹図(ぼくがそうちくず)のものを用いている。
ご神体「孟宗公」の衣裳は、昭和57年復元新調されたもの。
平成9年、群鳥飛翔図綴織の水引を新調。
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山伏山(やまぶ
しやま)
(室町通蛸薬師下ル)
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かつて、東山八坂の法観寺の塔が傾いたとき、法力によって真直も
どしたという淨蔵貴所が修験者として
大峰山入りするときの姿をあらわしたもの。聖護院の山伏の巡拝があったり、
神仏分離以前の姿をうかがわせる山である。
平成11年、飛龍波濤文図綴織の見送を新調。
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函谷鉾(かんこ
ぼこ)
(四条通烏丸西入ル)
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中国戦国時代、斉の孟嘗君(もうしょうくん)が秦の国から逃れる
時、函谷関の関所を鶏の声をまねて開
けさせたという故事によっている。
鉾頭(ほこがしら)の三角形は山、三日月は夜半をあらわし、真木には孟嘗君に雌雄の鶏をそえている。
前掛は重要文化財。平成15年、前掛「中東連花葉文様ラホール絨毯」を、平成16年、胴掛を新調。
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占出山(うらで
やま)(錦小路通烏丸西入ル)
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神勘(じんごう)皇后が、肥前国松浦川で鮎を釣って戦勝の兆(し
るし)としたという説話によるもの。
御神体の神功皇后は、古来安産の神とされ、くじ順によるこの山の巡行が早い年は、お産が軽いといわれる。
平成13年、「双龍宝尽額牡丹に鳳凰文様綴織」の見送を新調。
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綾傘鉾(あやが
さぼこ)
(綾小路通室町西入ル)
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昭和54年、巡行に復活。祇園祭の源流を伝えるといわれる風流傘
の型を残す貴重な鉾。
御神体は金の卵を片足に持つ傘の上の鶏。棒振り囃子は現在、壬生六斉保存会の人達によって奉仕されている。
昭和62年に天がいを、平成5年、飛天図綴織の飾錦幕を新調。
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伯牙山(はくが
やま)
(綾小路通新町西入ル)
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別名「琴破山(ことわりやま)」。中国の琴の名人伯牙が親友、鍾
子期(しょうしき)の死を聞いて、自
分の琴を真に聞いてくれる人はもはやいなくなったと嘆き、琴を割ったという故事による。
琴を前に、斧を持つ伯牙をかたどっている。
昭和63年、前掛を、平成10年、水引(北面)を新調。
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鶏鉾(にわとり
ぼこ)
(室町通四条下ル)
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堯の時代、天下は治まり泰平で、訴えごとのある時に打つ太鼓には
苔がむし鶏が巣を作ったという中国史
話にもとづくもの。鉾頭の三角の中の円は鼓の中の鶏卵の意という。
見送の毛綴(タペストリー)は重要文化財。平成16年、胴掛を、平成17年、前懸・後懸を各一面新調。
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保昌山(ほう
しょうやま)
(東洞院通松原上ル)
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丹後守平井保昌と和泉式部の恋物語に材を得たもの。保昌が式部の
求めによって紫宸殿の紅梅を手折って
与え、恋を実らせたという故事による異色な山。
縁結びの山とされ、縁談のお守りを受ける人が、今もあとを断たない。
平成15年、見送「福禄寿星図」綴織を復元新調。
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木賊山(とくさ
やま)
(仏光寺通西洞院西入ル)
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愛児をさらわれた木賊刈の翁が、のちに都の僧のはからいで再会の
喜びにひたるという謡曲「木賊」から
材を得たもの。わが子をさらわれた翁が、信濃国の山奥で一人木賊を刈る姿をあらわしている。
平成13年、中国故事人物図「松蔭仙人図」、平成14年、「仙人観楓図」綴織の胴掛を新調。
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油天神山(あぶ
らてんじんやま)
(油小路通綾小路下ル)
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古く、町内の風早家に祀られていた天神像を勧請。御神体は菅原道
真である。
油天神の油は山のある場所油小路からきている。
前掛・胴掛は雲龍文の繻子地錦である。平成7年、前掛「龍図錦織」を、平成13、14年、と胴掛「紅白梅」綴織を新調。
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菊水鉾(きくす
いぼこ)
(室町通四条上ル)
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町内に古くからあった井戸にちなんで名付けられた。稚児人形は、
中国南陽の菊水の露を飲んで700歳
まで生きたという菊慈童。昭和27年、88年ぶりに再興。
唐破風造りの屋根を持つ特徴ある鉾である。平成11年、破風を飾る懸魚を新調。
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郭巨山(かつき
よやま)
(四条通新町西入ル)
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別名「釜掘山(かまぼりやま)」。母を養うため、わが子を土に埋
めようとした黄金の斧を掘りあて、母
に孝養をつくしたという、中国史話24孝のうち、"郭巨釜堀りの故事"にもとづいている。
御神体は、郭巨とその子。
上村松篁画伯原画の胴掛を昭和62年に、平成3年に、綴織の「阿国歌舞伎図」の後掛を、平成6年見送を新調。
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四条傘鉾(し
じょうかさぼこ)
(四条通西洞院西入ル)
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昭和60年、復元再建。古い時代の型を残す貴重な鉾で、傘の頂上
の赤幣、若松飾りが特徴。昭和63
年、傘鉾になくてはならない囃子物(瀧樹神社のケンケト踊りがお手本)の復元が実現し、117年ぶりに巡行に参加。
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霰天神山(あられてんじんやま)
(錦小路通室町西入ル)
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室町時代永正年間、京都に大火があった時、にわかに霰が降って火
はおさまった。
その霰とともに天神像が降って屋根に鎮座したという故事による。
「火除天神山」はそのいわれから、「錦天神山」は地名からの別称。
平成15年、胴掛「紅白梅銀鶏図」綴織を新調。
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月鉾(つきぼ
こ)
(四条通室町西入ル)
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鉾頭には三日月を、真木の中ほどの天王座には月読命をと、すべて
「月」のモチーフから成っている。
破風蟇股(はふかえるまた)の彫刻が左甚五郎の作と伝えられるなど、破風・4本柱の錺金具をはじめ細部の装飾が最も優れた鉾である。
鉾頭の三日月は昭和56年新調の18金製。平成12年、前掛「メダリオン中東連花葉文様ラホール絨毯」を新調。
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白楽天山(はく
らくてんやま)
(室町通綾小路下ル)
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唐の有名な詩人白楽天(白居易)と道林禅師が仏法について問答を
交わしているところを模している。
前掛は、トロイ戦争をあらわすゴブラン織の優品。胴掛は、昭和53年フランスで直接買い付けたゴブラン織が使用されている。
昭和61年、ゴブラン織見送、平成7年、水引「龍図錦織」を、平成10年、水引(後面)を新調。
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芦刈山(あしか
りやま)
(綾小路通西洞院西入ル)
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故あって妻と離れて難波の浦で芦を刈る老翁がやがて妻との再会を
はたす夫婦和合の姿をあらわす。
御神体は七条仏師康運作であり、古衣装の小袖は、室町時代の作で山鉾最古のもの。
重要文化財として保存されている。
平成5・6年に胴掛を新調。平成14年、「唐子の見送」を約百八十年ぶりに復活。
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太子山(たいし
やま)
(油小路通仏光寺下ル)
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聖徳太子を祀るのでこの名がある。聖徳太子が四天王寺建立のた
め、自ら山城国の山に入り杉を伐って良
材を求められたという所伝にもとづき、他の山がいずれも真木に松を立てるのに対して、この山だけが杉を立てる。
平成15年、見送「波濤に飛龍文様」錦織を新調。
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