京都の行事と祭り、長い 京都の歴史において蓄積された行事やまつり、毎年のように繰り返され、地域やその行事、祭りに携わってきた人々に受け継がれ、守られた行事、祭りがありま す。京都タウンガイドではそれらの行事や祭りを紹介するため、取材を交えて掲載いたしております。
京都の行事と祭り、毎月の行事と祭りを紹介。 葵祭
京都三大祭
時代祭
京都タウンガイドHOMEへ
■京都タウンガイド
お天気(Yahoo速報)
京都・今日のニュース
京都今月の行事と祭り
■ショッピング/お土産・名産品
京都の漬物
京都の特産品
京都の野菜・くだもの
京都の名産品
京都のお菓子・和菓子
京都のその他おみやげ
■京都を歩く・特選散策コース
嵐山・嵯 峨野散策ガイド
清 水寺とその周辺散策
金閣寺・ 大徳寺周辺散策
大原の 里・三千院周辺散策 
■京都の世界遺産周辺を歩く
天龍寺・嵐山・嵯峨野周辺
高山寺・高雄周辺
金閣寺・大徳寺周辺
銀閣寺・哲学の道周辺
延暦寺・比叡山周辺
上賀茂・下賀茂神社周辺
東寺・西本願寺周辺
清水寺・東山周辺
仁和寺・龍安寺・御室周辺
醍醐寺・山科周辺
西芳寺(苔寺)・鈴虫寺周辺
宇治上神社・平等院周辺
■グルメガイド
京都の会席・懐石料理
京都の京料理
京都の和食
京都の焼き鳥・串揚げ
京都のおばんざい
京都の豆腐・湯豆腐・湯葉
■ショッピング/お土産・名産品
京都の漬物
京都の特産品
京都の野菜・くだもの
京都の名産品
京都のお菓子・和菓子
京都のその他おみやげ
■京都の旅行・宿泊施設
京都のホテル
京都の旅館
京都の民宿・ペンション
京都のバス・タクシー
京都の旅行・ツアーガイド
■京都エリアガイド
京都の文化・福祉施設
京都の会館・公民館
京都図書館・美術館・博物館
医 療・病院情報
■コミュニケーション掲示板他
京都の掲示板
京都の四季・花だよりと祭り
京都のアルバム
京都の行事とまつり
京(今日の旅人・出合い)

行事と祭り検索(京都タウンガイド内)

検索キーワード:
検索対象項目:
表示順:


祇園祭の起 源


祇園祭は八坂神社の祭で、大阪の天神祭・東京の神田祭とともに、 日本三大祭のひとつに上げられており、その歴史の長いこと、またその豪華さ、祭事が1ヶ月にわたる大規模なものであることで広く知られています。おとそ 1100年前、疫病退散を祈願、日本全国の国の数の鉾66本をつくらせ、その崇りを沈めるために祇園御霊会を行ったのが始まりと伝えられています。

祭のハイライトは17日に行われる32基の山鉾巡行。これらの山鉾のうち29基は重要無形民俗文化財に指定されています。巡行は午前9時、四条烏丸から長 刀鉾(なぎなたぼこ)を先頭に河原町通を経て御池通へ向います。途中、「注連縄(しめなわ)切り」「くじ改め」や豪快な辻廻しなどで見せ場を作り、豪華絢 爛な一大ページェントが繰り広げられます。


宵山から山 鉾巡行


祇 園祭は7月16日の宵山から17日の山鉾巡行でクライマックスを迎え、この両日で数十万人の見物客が繰り出す。
宵山の混雑を避けて15日の宵々山に出かけ る人が多くなり、今では14日を宵々々山と呼ぶ。
この期間が週末にあたると、3日間で100万人を数える年もあるほどだ。





山鉾巡行

祭りのハイライトはやはり、山鉾巡行。
7月17日 9:00から出発四条通り〜川原町通り〜御池通り



祇園祭の日 程
祇園祭は1ヶ月間おこなわれ、各所でそれぞれの行事がおこなわれる。

日時

行事

場所

5日
1日 10:00

吉符入り
長刀鉾町お千度

各山鉾町
八坂神社

2日 10:00

籤 (くじ)取り式

京 都市役所

2日 11:30

山 鉾町社参

八 坂神社

10〜14日
10日 10:00
10日 16:00〜21:00
10日 20:00頃

鉾 建て・山建て
神事用水清め
お迎え提灯
神輿洗い

各 山鉾町
宮川堤
氏子区内
四条大橋

12〜14日

鉾・ 山曳き初め

各 山鉾町

13日 早朝
13日 11:00
13日 14:00

斎竹(いみたけ)建て
長刀鉾稚児社参
久世稚児社参

四条通麩屋町
八坂神社
八坂神社

14日

宵 々々山(よいよいよい山)

各 山鉾町

15日

宵 々山

各 山鉾町

15日

宵 宮

八 坂神社

16日

宵 山

各 山鉾町

16日 18:00〜

宵 宮神賑奉納

四 条通

16日 19:00〜

石 見神楽

八 坂神社

16日 21:00〜23:00

日 和神楽

四 条御旅町

17日 9:00〜

山 鉾巡行

四 条通〜河原町通〜御池通

17日 15:00
17日 16:00頃〜

鷺舞・田楽奉納
神幸祭

八坂神社
八坂神社〜氏子区内〜四条御旅町

24日 10:00〜

花傘巡行

四条通石段下〜市役所〜八坂神社

24日 17:00頃

還幸祭

四条御旅町〜氏子区内〜八坂神社

25日 13:00

狂言奉納

八坂神社

28日 20:00頃

神輿洗い

四条大橋

31日 10:00

疫神社夏越祭

八坂神社境内疫神社


鷺舞の奉納

宵山と山鉾巡行だけが祇園祭ではない。7月に入ると神事始めの吉 符入り(各山鉾町)に始まって、祭りが滞りなく終了したことを祭神に告げる神事済奉告祭(八坂神社)まで、毎日のように行事が続く。


京都市東山区の八坂神社境内では、恒例の鷺舞の奉納があり、サギ のつがいにふんした舞い手が囃子(はやし)に合わせてゆっくりと舞う姿に、多くの参拝者が見 入った。鷺舞は、江戸時代中期に途絶えたが、1955年に、島根県津和野町に残る鷺舞をもとに復活した。




鉾と山 (1)

長刀鉾(なぎな たぼこ)
(四条通烏丸東入ル)

元は三条小鍛冶宗近作の長刀をかざしたといわれている、くじ取ら ずの鉾で、毎年巡行の先頭を行く。稚 児が乗るのは、今ではこの鉾だけ。
八坂神社で五位十万石の位を授けられた稚児が巡行当日、見せ場のひとつ"しめ縄切り"を行う。

蟷螂山(とうろうやま)
(西洞院通四条上ル)

蟷螂山は通称、かまきり山という。山の創期は南北朝時代であり、 御所車の屋根に蟷螂(かまきり)が乗 り絡繰(からくり)仕掛で羽根と首・車が動くことで有名、昭和56年、110余年ぶりに祭の巡行に参加。
前掛・胴掛・見送は共に人間国宝の羽田登喜男氏制作の友禅染、又平成11年、水引(4面)「吉祥橘蟷螂図」を寄贈された。

孟宗山(もうそうやま)
(烏丸通四条上ル)

呉の国の孟宗が、寒中に筍を欲しがる病母の願いをきき、雪の竹藪 で筍を掘り当てたという中国24孝の 史話から題材を得ている。
見送には、昭和15年以来竹内栖鳳(たけうちせいほう)筆の白地墨画叢竹図(ぼくがそうちくず)のものを用いている。
ご神体「孟宗公」の衣裳は、昭和57年復元新調されたもの。
平成9年、群鳥飛翔図綴織の水引を新調。

山伏山(やまぶ しやま)
(室町通蛸薬師下ル)

かつて、東山八坂の法観寺の塔が傾いたとき、法力によって真直も どしたという淨蔵貴所が修験者として 大峰山入りするときの姿をあらわしたもの。聖護院の山伏の巡拝があったり、
神仏分離以前の姿をうかがわせる山である。
平成11年、飛龍波濤文図綴織の見送を新調。

函谷鉾(かんこ ぼこ)
(四条通烏丸西入ル)

中国戦国時代、斉の孟嘗君(もうしょうくん)が秦の国から逃れる 時、函谷関の関所を鶏の声をまねて開 けさせたという故事によっている。
鉾頭(ほこがしら)の三角形は山、三日月は夜半をあらわし、真木には孟嘗君に雌雄の鶏をそえている。
前掛は重要文化財。平成15年、前掛「中東連花葉文様ラホール絨毯」を、平成16年、胴掛を新調。

占出山(うらで やま)(錦小路通烏丸西入ル)

神勘(じんごう)皇后が、肥前国松浦川で鮎を釣って戦勝の兆(し るし)としたという説話によるもの。
御神体の神功皇后は、古来安産の神とされ、くじ順によるこの山の巡行が早い年は、お産が軽いといわれる。
平成13年、「双龍宝尽額牡丹に鳳凰文様綴織」の見送を新調。

綾傘鉾(あやが さぼこ)
(綾小路通室町西入ル)

昭和54年、巡行に復活。祇園祭の源流を伝えるといわれる風流傘 の型を残す貴重な鉾。
御神体は金の卵を片足に持つ傘の上の鶏。棒振り囃子は現在、壬生六斉保存会の人達によって奉仕されている。
昭和62年に天がいを、平成5年、飛天図綴織の飾錦幕を新調。

伯牙山(はくが やま)
(綾小路通新町西入ル)

別名「琴破山(ことわりやま)」。中国の琴の名人伯牙が親友、鍾 子期(しょうしき)の死を聞いて、自 分の琴を真に聞いてくれる人はもはやいなくなったと嘆き、琴を割ったという故事による。
琴を前に、斧を持つ伯牙をかたどっている。
昭和63年、前掛を、平成10年、水引(北面)を新調。

鶏鉾(にわとり ぼこ)
(室町通四条下ル)

堯の時代、天下は治まり泰平で、訴えごとのある時に打つ太鼓には 苔がむし鶏が巣を作ったという中国史 話にもとづくもの。鉾頭の三角の中の円は鼓の中の鶏卵の意という。
見送の毛綴(タペストリー)は重要文化財。平成16年、胴掛を、平成17年、前懸・後懸を各一面新調。

保昌山(ほう しょうやま)
(東洞院通松原上ル)

丹後守平井保昌と和泉式部の恋物語に材を得たもの。保昌が式部の 求めによって紫宸殿の紅梅を手折って 与え、恋を実らせたという故事による異色な山。
縁結びの山とされ、縁談のお守りを受ける人が、今もあとを断たない。
平成15年、見送「福禄寿星図」綴織を復元新調。

木賊山(とくさ やま)
(仏光寺通西洞院西入ル)

愛児をさらわれた木賊刈の翁が、のちに都の僧のはからいで再会の 喜びにひたるという謡曲「木賊」から 材を得たもの。わが子をさらわれた翁が、信濃国の山奥で一人木賊を刈る姿をあらわしている。
平成13年、中国故事人物図「松蔭仙人図」、平成14年、「仙人観楓図」綴織の胴掛を新調。

油天神山(あぶ らてんじんやま)
(油小路通綾小路下ル)

古く、町内の風早家に祀られていた天神像を勧請。御神体は菅原道 真である。
油天神の油は山のある場所油小路からきている。
前掛・胴掛は雲龍文の繻子地錦である。平成7年、前掛「龍図錦織」を、平成13、14年、と胴掛「紅白梅」綴織を新調。

菊水鉾(きくす いぼこ)
(室町通四条上ル)

町内に古くからあった井戸にちなんで名付けられた。稚児人形は、 中国南陽の菊水の露を飲んで700歳 まで生きたという菊慈童。昭和27年、88年ぶりに再興。
唐破風造りの屋根を持つ特徴ある鉾である。平成11年、破風を飾る懸魚を新調。

郭巨山(かつき よやま)
(四条通新町西入ル)

別名「釜掘山(かまぼりやま)」。母を養うため、わが子を土に埋 めようとした黄金の斧を掘りあて、母 に孝養をつくしたという、中国史話24孝のうち、"郭巨釜堀りの故事"にもとづいている。
御神体は、郭巨とその子。
上村松篁画伯原画の胴掛を昭和62年に、平成3年に、綴織の「阿国歌舞伎図」の後掛を、平成6年見送を新調。

四条傘鉾(し じょうかさぼこ)
(四条通西洞院西入ル)

昭和60年、復元再建。古い時代の型を残す貴重な鉾で、傘の頂上 の赤幣、若松飾りが特徴。昭和63 年、傘鉾になくてはならない囃子物(瀧樹神社のケンケト踊りがお手本)の復元が実現し、117年ぶりに巡行に参加。

霰天神山(あられてんじんやま)
(錦小路通室町西入ル)

室町時代永正年間、京都に大火があった時、にわかに霰が降って火 はおさまった。
その霰とともに天神像が降って屋根に鎮座したという故事による。
「火除天神山」はそのいわれから、「錦天神山」は地名からの別称。
平成15年、胴掛「紅白梅銀鶏図」綴織を新調。

月鉾(つきぼ こ)
(四条通室町西入ル)

鉾頭には三日月を、真木の中ほどの天王座には月読命をと、すべて 「月」のモチーフから成っている。
破風蟇股(はふかえるまた)の彫刻が左甚五郎の作と伝えられるなど、破風・4本柱の錺金具をはじめ細部の装飾が最も優れた鉾である。
鉾頭の三日月は昭和56年新調の18金製。平成12年、前掛「メダリオン中東連花葉文様ラホール絨毯」を新調。

白楽天山(はく らくてんやま)
(室町通綾小路下ル)

唐の有名な詩人白楽天(白居易)と道林禅師が仏法について問答を 交わしているところを模している。
前掛は、トロイ戦争をあらわすゴブラン織の優品。胴掛は、昭和53年フランスで直接買い付けたゴブラン織が使用されている。
昭和61年、ゴブラン織見送、平成7年、水引「龍図錦織」を、平成10年、水引(後面)を新調。

芦刈山(あしか りやま)
(綾小路通西洞院西入ル)

故あって妻と離れて難波の浦で芦を刈る老翁がやがて妻との再会を はたす夫婦和合の姿をあらわす。
御神体は七条仏師康運作であり、古衣装の小袖は、室町時代の作で山鉾最古のもの。
重要文化財として保存されている。
平成5・6年に胴掛を新調。平成14年、「唐子の見送」を約百八十年ぶりに復活。

太子山(たいし やま)
(油小路通仏光寺下ル)

聖徳太子を祀るのでこの名がある。聖徳太子が四天王寺建立のた め、自ら山城国の山に入り杉を伐って良 材を求められたという所伝にもとづき、他の山がいずれも真木に松を立てるのに対して、この山だけが杉を立てる。
平成15年、見送「波濤に飛龍文様」錦織を新調。

鉾と山 (2)

放下鉾(ほうか ぼこ)
(新町通四条上ル)

鉾頭の飾りは日・月・星の光が下界を照らす形をあらわしている。
その形が洲浜に似ているところから「すはま鉾」ともよばれていた。
鉾の名は真木の天王座に祀る「放下僧」の像によるもの。
平成元年以来、「花唐草文」の椴通胴掛、インド・ペルシャ絨毯の胴掛を復元新調。また平成8年、天水引を、平成13年、飾房一式を新調。

岩戸山(いわとやま)
(新町通高辻上ル)

天の岩戸の神話を模したもので、内部には天照大神と手力雄命を屋 根の上には伊弉諾命を安置。元来舁山 であったものが、江戸時代中期以降曳山に改造された。
そのため真木はなく屋上に松を立てている。平成16年、下水引を、平成17年、二番・三番水引を復元新調。

船鉾(ふねぼこ)
(新町通綾小路下ル)

神功皇后をめぐる説話にもとづき、船の形につくられた鉾。舳先に 金色の鷁首、艫に飛龍文の舵、船端に 朱漆塗の高欄、唐破風附入母屋造りの屋根と種々の特徴をそなえ、紅白の長旈・吹流しをひるがえして進む。
平成4年・5年と水引を、平成8年、見送り新調。

北観音山(きたかんのんやま)
(新町通六角下ル)

俗に「上り観音」とよばれ、楊柳観音像と韋駄天立像を祀ってい る。
屋上の松の木は、元来舁山であったものが曳山に改められた名残りである。
その松の木の左二の枝に尾長鶏を止まらせているのが特徴。
平成11年、飾房一式を新調。

橋弁慶山(はしべんけいやま)
(蛸薬師通烏丸西入ル)

謡曲「橋弁慶」からとった、五条大橋で牛若丸と弁慶が争う姿であ る。
牛若丸は、足駄の金具一本で支えられている。人形組の巧みさは、
浄妙山とともに特異なもの。前掛は昭和58年新調されたもの。


浄妙山(じょうみょうやま)
(六角通烏丸西入ル)

「平家物語」の宇治川の合戦によるもの。一番乗りしようとした三 井寺の僧兵筒井浄妙の頭上を、一来法 師が飛び越えて先陣をとる場面である。
浄妙の鎧は重要文化財(巡行には代品の鎧を使用)。胴掛は長谷川等伯の原図の柳橋・水車で精巧なる綴錦織の傑作である。

鈴鹿山(すずかやま)
(烏丸通三条上ル)

延喜年間、伊勢の鈴鹿山に出て旅人を困らせた悪鬼を、鈴鹿権現即 ち瀬織津姫が退治。
人々の難を救ったという伝説によるもの。金の烏帽子に大長刀姿の女人がその権現である。
松につけられた絵馬も珍らしい。
平成元年に前掛を、平成12年、胴掛「桜図」綴織を、平成14年、胴掛「紅葉図」綴織を新調。

八幡山(はちまんやま)
(新町通三条下ル)

石清水八幡宮を勧請した町内の八幡宮を山に祀る。祭神は応神天 皇。祠は総金箔で、天明年間の作とされ ている。
前面の鳥居の上にとまっている鳩は、左甚五郎の作といわれるもの。
平成2年に、胴掛を、平成4年、水引を新調。

鯉山(こいやま)
(室町通六角下ル)

龍門の滝を上った鯉は龍に化すというところから、勇ましく滝上り する鯉の姿をあらわしている。
水引・前掛・胴掛・見送はすべてベルギー製のタペストリーで、染織工芸的価値は高く重要文化財に指定されている。特に見送りは、現物を保存、綴織の見事な イリアスのトロイ王の図を平成元年復元。
平成11年「アポロン像を礼拝するプリアモス王とヘカベー」毛綴の水引を新調。

役行者山(えんのぎようじややま)(室町通三 条上ル)

修験道の祖役行者小角が大峰山と葛城山との間に石橋を架けよう と、一言主命に石を運ばせたという伝説 による。
水引は、綴錦の名人とうたわれた西村勘七の作になる。「唐子遊図」である。
平成10年、前掛を新調。

黒主山(くろぬしやま)
(室町通三条下ル)

謡曲「志賀」にちなんだもの。六歌仙の一人大大伴黒主が桜の花を 眺めている姿である。
白髪の黒主像には寛政元年の銘が入っている。見送の綴錦も寛政時代の作。
衣裳は江戸時代初期の銘をもつ貴重なもの。復元された胴掛、草花胡蝶模様は曙つづれの精巧繊密なる秀作である。
平成16年、見送「番い鳳風と牡丹の図玉取り獅子額」綴織を復元新調。

南観音山(みなみかんのんやま)
(新町通蛸薬師下ル)

俗称「下り観音」。楊柳観音と善財童子を安置。天明のどんどん焼 で楊柳観音の頭部だけを残して全焼。 後に復興された。平成5年、苑色嬬子地雲龍図縫伏下水引を、平成13年、14年と「飛天奏楽」綴織の下水引を新調。現在は、巡行の最後尾を受持っている。

当サイトへのご意見・ご質問はこ ちらまで 運 営:Digitallife

Copyright(C) Kyoto-Town.net All Rights Reserved.